ヤギエロン大学について

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May 16, 2017 20:40
木曜日に日本人の友達にヤギエロン大学の校舎を見せたいと思いますが、ちゃんとした日本語で話しをしたいです。以下の文章を見て、訂正していただければ助かります。宜しくお願いいたします!
Ogólnie:
ヤギエロン大学は1364年、カジミェシュ3世によって設立されましたが、次の国王が教育に全く興味がなかったので1400年までに停止していました。1400年にヤギェウォ王が女王とともにこの大学を復元しました。そのため、ヤギェウォ大学やヤギエロン大学と呼ばれています。650年以上の大学なので、主なキャンパスがありません。校舎が必要に応じて建てられてきたので、クラクフ全体にヤギエロン大学の建物が散らばれてます。三つの主なキャンパスがあります。第一キャンパスの校舎が中央広場の周りにあります。
キャンパスの校舎はCollegiumと言います。
COLLEGIUM NOVUM
Collegium Novumの校舎が19世紀の前半に全焼してしまったので、現在の校舎は19世紀後半に建てられて、2013年に復元されました。2004年までにここで入学式が行われました。
1939年11月6日にSonderaktion Krakauという鎮定行動(?)が行われました。Brunon MullerというSS指揮官が当時のヤギエロン大学の学長に教授を「ドイツ人の教育についての意見」という講義に招待するように指名しました。ヤギエロン大学と科学技術大学の教授と三人の学生が66番の講義室に集めました(現在、復元のため56番になってます。普通にラテン語などの授業が行われています)。Muller指揮官が警察と共に183人の教授を逮捕して、収容所へ連行しましたが、現場にいた二人の女性の教授が釈放されました。逮捕の理由は:
第一:入学式はナチスの許可なしで行われたこと
第二:ヤギエロン大学ではアンチドイツの思想が広がること
Collegium Novumの一階に二次世界大戦で亡くなった人の記念碑があります。
COLLEGIUM Maius
1400年に校舎として設立されました。ポーランドで最古の校舎として有名です。19世紀に博物館にされましたが、代表的な役割も果たしています。
Collegium KOŁŁĄTAJA 18世紀に建てられました。学生の中では結構有名ですし、ジョークの元になっている校舎です。その理由は建築です。中は迷路のようです。古い建築の特徴は、部屋が繋がっていることで、廊下から入れないところが多いです。そして、意外なところにドアがあるので、ポーランドのホグワーツだというジョークが学生の中で流行っています。しかし、どうして中はこのようになっているかとういうと、所詮、校舎として建設された建物ではないからです。Collegium Maiusも同じですが、幾つかの住居を繋げて校舎にしたわけです。
OGRÓD PROFESORSKI
教授の公園:15世紀から18世紀までこの公園の近くに教授が住んでいました。この教授のために野菜と果物が植われました。チキンも飼われたそうです。18世紀に教授が引っ越した後、公園が荒れ果てていたが、2009年に復元されました。
現在は、学生がゆっくり休めるようなところです。掲示板にヤギエロン大学の教授の伝記が載っています。科学的な現象を表す設備も置かれています(宇宙の放射など)。出口の近くにヤギエロン大学の650年察を祝うタイムカプセルがあります。