明朝的那些事兒7

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May 19, 2009 21:52 翻訳 明朝的那些事兒 連載
(そういえばこの小説のタイトル「明朝的那些事兒」は、直訳したら「明朝に起こる事」ですが、明王朝の創立から発展や没落、滅亡までの経緯を語るという意味です。どうやって翻訳すればいいのか悩んでいます。)

堤防修築現場ではやまっていた歌の内容と同じようなことが起きた。黄河堤防に埋もれていた片目の石人像が山東省の堤防修築現場で発見された。その石像の背中には「石人一隻眼、黄河を挑動して天下叛す」と書いてあった。その石像をめぐって皆はざわつきだした。

プログラムになれる程古い仕組みとはいえ、中国では古くから反乱を企んでる農民たちは、だいたいこういう手を使うんだ。迷信にとりつかれた農民にとってはこれが必要だ。

反乱は当たり前のように起きた。数日後、朱重八が乞食した地域(穎州、今の安徽省阜陽市)で、韓山童と劉福通が農民反乱を起した。今までの農民反乱と同じように、韓・劉は白蓮教(明教)という宗教組織を成立した。また、反乱の理由の正当化のため、韓山童と劉福通は自分の出身を捏造した。韓山童は姓を赵と変えて宋の皇帝の子孫を名乗り、劉福通も南宋の大将劉光世の後人と自称した。

最初に農民反乱を起した主謀者の運命は大体同じなのだ。反乱を起し、そして鎮圧され、後の人に最終の勝利を取られる。韓山童や劉福通の運命も、陳勝や呉広(*1)と大した違いはなかった。

反乱の形式が古かったとはいえ、韓山童と劉福通は永遠に歴史の教科書に名前が残された。「1351年、韓山童と劉福通は元の統治に対して最初の反乱を起した」。

古くから、王朝を覆すことは創立することより余程易い。一つの中国のことわざで言えば「壁が崩れる際、大勢の人に押し潰される。鼓が破れる際、大勢の人に叩き潰される」です。

元代では、人は四つの等級をつけられる。最高級であるモンゴール人が最低級である漢族の人を殺した場合は、受けた罰はロバ一匹を弁償することだ。殺されたのが流浪の漢族農民の場合は、ロバを弁償する必要もなくなったかもしれなかった。当時のモンゴール貴族たちの考えを私は理解できない。彼らは中国を侵略した後、自分がこの国の主だと思ったこともなく、中国を他人の家として扱い、思い切って略奪し、この国が何処まで破壊されても自分に関係ないことだと考えた。漢族の人民はただ我慢して惨めな生活を送るしかなかったと、彼らは思った。

しかし、彼らの考えは間違っていた。結局、犬より屈辱な生活を送っていた奴隷たちは抵抗を選んだ。生存に支障が出なくなったことにより怒りと不満の極みは、奴隷たちの抵抗の意識を起こした。だってそうしなければ、死ぬしかなかったからだ。

ようやく、反乱は炎のようにこの大地を猛烈に燃え上がらせた。

*1 陳勝・吳広:中国秦末期に陳勝と呉広が史上初の農民反乱を起こした。